●老子道徳経 下篇 第38章 『上徳は徳とせず』
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老子道徳経 下篇 第38章
『上徳は徳とせず』
故に道を失いて而して後に徳あり、
徳を失いて而して後に仁あり、
仁を失いて而して後に義あり、
義を失いて而して後に礼あり。
* * *
してみると、真実の「道」が失われてからそのあとに「徳」があり、「徳」が失われてからそのあとに仁愛があり、仁愛が失われてからそのあとに正義があり、正義が失われてからそのあとに礼儀があらわれたのだ。
* * *
礼儀の本がいっぱいあって、雑誌にも良く取り上げられている。
「男が素敵に生きるための」とかって30代40代向けの雑誌に
取り上げられているマナーは、いかにもという感じの礼儀であり、
正しい礼儀は分かるだろうけれど、料理を作った人の仁愛は分からない。
外でご飯を食べて、しこたまオーダーした後に
「太るから、もう食べない」
っていうんなら、最初から注文しなけりゃいいだろ、と思うヤツもいる。
はったおしたろか、こいつ
と思いながら残飯整理に精を出すのだ。
何も残しちゃいけません!と子どもの頃に習わなかったのかなー。
それが正義かどうかなんていう問題じゃなくて、ただ単にダメなんだという
常識を越えたようなものが、所謂「道」に繋がっているというのが老子。
子どもの教育出来ない親に、一つの指針として受け容れられればいいなぁ。