●お盆と送り火@嵐山
<img alt="P8160009.jpg" src="http://www.skyportrait.net/un/images/pict/P8160009.jpg" width="500" height="375" />
京都の大文字焼きもすむと、少しずつ秋の足音が聞こえてくる時期になる。
と、文学的に書いてみても、まだまだ夏の勢い衰えることなく、油蝉がじりじりと
鳴き続ける声を聞く。
昨日は送り火を見ようと思ったわけではなくて、なんとなく家にいるのが寂しくなったので
嵐山で開かれている燈籠流しにいってみることにする。
決心したのがなんと、7時過ぎ。
間に合うの?という大半の声を無視して電車に乗ることにする。
道すがら、全くとりとめもないことを考える。
「将来性と今の恋愛、どっちをとる?」
という議論に対して、色々条件を考えてみるがこれといった解答まではたどり着かない。
ま、またそのうち考えようと眠りに落ちる。
桂で乗り換えると不安になるほど人がいない。
今日は五山の送り火を見ようと京都市内に人が流れているので、
嵐山まで足を運ぶ人は少ないみたいだな。
独特の光に包まれる嵐山に着くと、渡月橋までゆっくりと歩く。
そんなに込んではいないが人の足は既に帰途に向かっている。
気にせず川の橋で流れ行く燈籠を見て、奈良とは違った趣があることに
気づく。絢爛といった感じの奈良とは違って、暗い水の上に多くても
十個ぐらいがすーーーっと流れていく。
くっついたり離れたり、まるで燈籠一つ一つが意志を持つかのように。
送り火というのは、本来生者の国に帰ってきた御霊らが、また帰っていく
無事を祈って焚くものだ。
考えてみれば、素敵じゃないか。
一度亡くなった人が一年に一度だけ、会いに来てくれるなんてことを
考えた昔の人たちは。