●記憶の隅の方に閉じこめられているもの - 西宮SATYの閉店。
西宮SATYが潰れることは、去る年の12月の末に久しぶりの友達と先生と訪れたときに知った。人はおかしいというかも知れないけれど、俺の中では1,2位を争うほど思い出深いスーパーだ。買い物しかしない場所だけれど、ただ長くそこにあれば、人はそこに郷愁を感じる。
昔、といっても小学生の頃だがSATYはSATYではなかった。
混乱を招くようだけれど、SATYは昔ニチイという名前だった。センスのかけらもないようなこの名前は、子供心にも奇妙に響いた。
「にちぃいってくるわ」
と、母に言われたとき漢字が想像出来なくて困った。世の中にあるものは大概漢字にすることが出来る。おそらく、頭の中でなんとなく漢字変換して人は楽しんでいると思うんだけれど、にちい、だけは妙に漢字が思い浮かばなくて「日井」と思いついて笑った。
そのニチイには昔、ピープルというスポーツジムがあった。余談だけれど、このピープルもニチイ並に数奇な運命をたどり、名前が何度も変わっている。ピープルからエグザスに変わって、今はコナミスポーツクラブだ。
閑話休題。
そんなところに昔通っていた。最初は水泳を学ぶためだった。ちょうど引っ越しをした頃の話で、その前はかの名高き糸満スイミングスクールだった。ここでも色々とエピソードはあるのだけれど、それはまたの機会に話すことにしたい。
なんで水泳なんだ、と思うかも知れないけれど俺も金槌だった。誰でも最初は泳げないものだとおもうけれど、俺の場合は身長が低すぎてプールが怖かった。これは明らかに糸満の指導方針に問題があったと俺は睨んでるんだけれど、大体そこに足が着いても顔が水面から出ないとか明らかにおかしい。
読んでる人は引っ越しに連れて、糸満から移籍したんだろうと思われるだろうけれど、実はそうじゃなかった。
そのとき好きな子がピープルにいたから、おっかけて移籍したってのが事実だった。まぁ、距離的な問題もあったんだけどね。
幼稚園児ばりに、
「●●がおるから、ピープルいきたいねん」
と、啖呵を切ったらしい。
今、思えば何とませたガキだったんだろう。
そんなピープルは、何が何でも連れて行かれた。「雨が降ろうと槍が降ろうと」という言い回しがあるけれど、まさにそれだった。休むなんていう事は我が家ではありえない。風邪の日も学校休んでまでいった記憶がある。これを本末転倒と呼ばずして何と呼ぶ…。交通量の多い道を通らねばならなかったから、おかんのチャリの後ろに乗せられて通っていた。なんともおかんも大変な日々だったろう。
小学校の5年か6年ぐらいまで、実に長い間泳いでいた。選手コースに足をつっこみかけたところで、バタフライが出来ずにやめた。子どもの頃思ってたのは、
「あんな意味のわからん泳ぎ方できんでもええわ。ドルフィンキック?あほくさ。」
と、思ってたのでできなかったに違いない。
(嫌な小学生だな)
合間合間に、体操コースもやった。
逆上がりもここで覚えたし、マット運動や平均台、トランポリンもここで覚えた。中でもトランポリンはめちゃはまった。跳ねるだけで楽しいのだけれど、トランポリン競技を教える人はいなかったらしく、体操の中のレクリエーションみたいなかんじで、5分ほどしか出来ずいつも不満を抱えながら跳んでいた。
汗をかいて、体操や水泳が終わってシャワーした後の濡れ髪で階下に降りるた時の匂い。衣服の匂いや、食べ物の匂いなんかが入り交じった感じは小学生といえども、その誘惑は抗しがたいものがあった。
階段の踊り場にあったガチャポン。お金がなくてあまりできなかったけれど、たまにやるときは必死で選んだ。一本100円だったときのジュース。緑色が毒々しいメロンソーダを、さも特別なもののように飲んでいた。
追記
そういえばエレベーターがあって、結構大型だったのだけれど、そのエレベーターの窓から見える景色が結構好きだった。ガラス張りの外では雨が降っていたりして、濡れるなぁと思いながら親が来るのを待っていたり。
また、子供用のスイミングは最上階にあったので、その下で入ってくるおじさん・おばさんたち(階下は大人用のジム)を見ていたり。
雨の時はむっとするエレベーターの中は、ちょっとした未来へのトンネルだったなぁ。
年を重ねて疎遠になっていたニチイだったけれど、やがて高校生になって、またよく遊びに行くようになった。正確には、なんかくだらないショッピングをしにいくようになったのだけれど。なぜか知らないけれど、地元の連れと遊んだりするとダイエーやSATYのような店に行ったりすることが多い。電車通学じゃなかったから、定期なんてなかったし…どこかに足を伸ばすほどお金もなかったからね。
別に何をする訳じゃなく、だらだらして遊ぶ。とか、日用雑貨を買ったりする。何もあるわけじゃないし、それは行く前から分かっている。でもなんとなく足を運んでしまい、だらだらと無為な時間を過ごす。
サティでたった500円の買い物をするのに使った数時間のことが昨日のように思い出される。なんでそんなものを買ったのかもよくわからないようなものを買ったこともあるし、目的があったこともある。一緒に買いに行った人のことも覚えている。
無為なことに時間をつぶしていたのは、そういうことをするのが青春だったからだろう。SATYで青春を過ごしたっていうと、他人にとってはほんとにつまらないことのようだけれど、俺にとっては思い出深い場所だった。
始めて輸入盤CDを買ったのもSATYだった。
始めて親父へのプレゼントを買ったのもSATYだった。
ベンチでポテト一袋で何時間も話したのもSATYだった。
何でもない場所に、思い出は隠れている。
何かの機会がなければ、思い出せないような思い出が。
そして見つけにくいのと同じぐらい、見つかることなく消えていく。
コメント
えーっ!
あたしも4歳から小6まで、
毎週土曜日西宮サティのピープル行ってましたよw
上の見る所で見られるの嫌やったけど。
水泳終わったら広場にいるハトにポップコーン投げつけてました。
初めて1人電車に乗ったのがピープルにいくためだったわぁ。
今考えたらなんであんな遠いところに通ってたんだろ。。
Posted by: nao* | 2005年01月11日 23:10
はじめまして~お邪魔します。
じぶんも幼稚園から震災があった小3までピープルで水泳やってました!
印象に残ってることは・・・一番端っこのレーンで指導員の指示を受けずにすいす泳いでる人たちですねー(笑)めちゃうらやましかったです。
あと終わった後のアイスクリーム販売機でアイス食うのも楽しみでした。
Posted by: かげ | 2005年01月12日 01:14
>なおちん
それ結構かぶってんのんちゃうのん?笑
まさかそんなときから知り合いやったらおもろいな。
「ぁ、あの子またハトにぽっぷこーんなげとる・・・」
>かげさん
震災があった小3という言葉に過剰に反応してしまう俺はきっと年です。
同じ小学校でしたっけ??そこまでは覚えてないんですが…。
31アイスクリームの愛すじゃないですか?笑
Posted by: k | 2005年01月12日 02:59