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2004年08月21日

●古き良きゲームセンター


その最盛期には四軒もあったゲームセンターは今は跡形もなく、別の店に
取り代わってしまった。

通りがかると思い出す、あの懐かしの日々をふと思い出したんでエントリー。


(続き読みたい方は、>>See all textをおしてね)

今でこそゲームセンターはハイテクなマシーンがたくさんあって、プリクラを撮り、
体感型ゲームで楽しくクリーンなイメージがある。
けれど、俺が小学生や中学生の頃、そんなクリーンじゃなく、もっと古ぼけた、
だけれどそのほの暗さが探求心旺盛な男の子達を引き寄せる誘蛾灯のようなものだった。

親からも学校からも、ゲームセンターは危険だからいっちゃいけない、といわれて
立ち入ることさえ禁じられていたんだけど、禁じられれば禁じられるほどいきたくなるのが
子供心というもの。

なけなしのお金をはたいてやった対戦ゲームも、1面か2面であっけなくまけてしまう。
そんなんでもなんとなく高揚した気分は、100円ではなかなか買えない気分だった。

一番ゲーセンが地元で流行ったのは中学生の頃。
四軒ものゲームセンターが、本当に文字通り「犇めきあって」いた。
子供心にも
「こんなに店があってつぶれないものか」
と不安に思ったことを覚えている。

右端のゲームセンターは、対戦ゲームばかりの設定で1ゲーム100円だった。
真ん中のゲームセンターは、まさに昔ながらのゲーセンで、薄暗い中煙草の匂いと
少し入口が奥に入っていて、入りにくかった。
左真ん中のゲームセンターは一番新しく、地元では唯一プリクラやUFOキャッチャーが
あるゲーセンだった。規模も一番大きく最後の最後まで営業していた。
左端のゲーセンは1ブロックほど離れたところにあったけれど、2階という立地もあってか
早くに50円を取り入れたゲーセンだった。


制服姿の中学生達はお金を握りしめると学校帰りにゲーセンに向かった。
仲間と何かをするというのは、スポーツみたいな健康的なモノより、
ゲーセンにいくというような、少し背徳的な方がドキドキして結束間が出来る。

学校の先生が見回りに来る、そう言われていたのも背徳感を高めた要因だった。

なけなしの金をはたいてゲームをしていた時代から、だんだんとゲームはそれほどの
高価格ではなくなったとき、ゲーセンに通うことはなくなった。
高校に入ってみんながバラバラになったのも原因だけれど、きっと年齢にあわないものに
なってしまったのだろう。

たまにいってプレイすると恥ずかしいような懐かしいようなキモチになったもんだった。


今は4軒のゲーセンも、それぞれ花屋・レンタルビデオ屋・健康食品屋・ライブスタジオに
様変わりしてしまって、そのゲーセンの前にたむろっていたヤンキー達も姿を消してしまった

中島らもも昔言っていた。
「ヤンキーがたむろ出来るような場所のないのは、不幸な時代だなぁ」
と。

本当にそう思う。

ゲームセンターは、少年達のちょっとした反抗心のよりどころだったんじゃないかな。

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写真集も新装開店。
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