●自己評価の低さとオンリーワン幻想
ちゃんとまとまってはいないけど、ずっと書こう書こうと思って他ので書き殴り形式でも書きます。
これの元記事は、週刊ダイアモンド(5月15日刊)の記事の中で、精神科医・香山リカ(Pop Pyschologistと批判されてたけど笑)が対談の中によるものです。
▼要約
大学生が抱えるココロの問題には2種類あり、一つは自己評価の異様な低さ、そしても一つの双璧をなすのがオンリーワン幻想、だと。その背景の原因としては、コミュニケーション能力の欠如、成功体験の不足、そして自分イメージの曖昧なことが原因である。親が自分の人生に自信を持っていないのも一つの原因である。
この"オンリーワン幻想"があまりにもしっくりきてしまったので、このエントリーを書きたくなった。誰もがオンリーワンだと思っている社会は変だぞ、笑
(続き読みたい方は、>>See all textをおしてね)
▼本当にオンリーワンなのか?
少し前に、SMAPが歌う「世界で一つだけの花」が流行した。
歌詞が良い、というのが一つの評価理由だったような気がする。
イラク戦争を前にして人は「間違っているのに抗えない現実」に対面し、それが歌詞へ救済を求めることになった。
~抜粋~
NO.1にならなくてもいい
もともと特別なOnly one
~抜粋~
もともと特別なオンリーワン。なんて心地よい響きなんでしょう。
こういうとき、俺がいつも引き合いに出すのはこんな言い方だけど…
「生物学的には同じDNAを持った存在は、自然界にはいないから君はOnly Oneだけど。」
▼オンリーワン幻想の問題点
誰もがオンリーワンだと思っている社会それ自体はあまり問題はないと思うんだよね。
そう思って何か自分の出来ること、したいことを積極的に探しているんなら、全体の集合としてチカラは分散され、色々な問題が見つけられ解決されると思う。
いつかエントリーした、「無知の知」ではないけれど、
「社会的には自分の代わりなんていくらでもいる」
ことを認識してがんばることが出来る人は十分に強いと思うのだ。現実に目をそらし、オンリーワン幻想にとらわれている人より。
(*TALK W/O LIPs: 無知の知-"知らないと言うこと"を知る)
オンリーワン幻想が真にその威力を発揮するのは、表題にもある自己評価の低さと関連したときだと思う。これはもう一種の悪循環だ。
自分に自信がない→自信がないから何もやらないorやっても手を抜く→
成功経験が少なくなる→自分の自信が持てない→
しかしココロの奥底では「俺にしかできない仕事が世の中にある」と考えている→
そのくせ仕事はまともにできないorやらない→永遠にループ。
▼自信を持て!
変なセミナーみたいになってきている気がするけれど、俺はそう思う。
不当なまでに自己評価が低い人と話していてもおもしろみがないし、話に厚みがない。
俺は人によく自慢しぃだ、と言われるわけだけど…そりゃHP作ってるぐらいだし…笑
でもやってないことに自慢なんて出来ない。
やってないことにはプライドはないから、それを自慢することはない。
やったことにのみ、プライドを持てて、それだからこそ次もがんばっていける。
自信を持つこと=傲慢になること、ではないと俺は思う。
自分がやってきたことにプライドを持つことは、大事なことだろう。
それだけ他人より余分な時間と労力を割いてきた自分に対するご褒美じゃないか☆
そしてそうするために、少しずつ成功していかなきゃいけない。
成功するためには、少しずつ何かを遣って行かなきゃいけない。
何もしないのに、成功はしないからだ。
▼オンリーワンなんて簡単にはなれない
上で言うとおり、少しずつやっていくようになると必然的に下の事実に気づく。
ストレートに言うてしまえば、
「あなたの代わりなんてどこにだっているし、オンリーワンになんてそうそうなれない。」
これは俺も含めて本当にかかりやすい「病気」の一種なんだと思う。
よくきかない?友達とかが急に入ったバイトの言い訳に、
「ほら、今日は社員さんが1人しかいなくて少ないから私がいないとお店がまわらへんし…」
あとは、すごい量の単純労働バイトをしている人にも多い。
ま○どなるどのバイト、とかそういう幻想を抱きやすい…しかもこの病気が重度になると依頼の電話なしでも自分でバイトを入れるようになる。
「あ、水曜のシフト…トレーニング中の子ばっかりやん。これやばいなー回るんかなー」
…まるで自分がいないこと=店がつぶれること、のように自らをオンリーワン化し、誰かに必要とされていなければいけないという強迫観念から逃げている人たち。
▼オンリーワンになるためのナンバーワン
上でも言ったとおり、人間一人一人が先天的に違うのはDNAともって生まれた資産ぐらいだ。あとは後天的な努力や才能によるモノが大きいと俺は思う。
そうやって、人と話すのが上手くなった人は多くの友達に「楽しく話す」ことを提供し、
アタマがいい人は、世の中の「問題を解決する」ことを提供し、
走るのが速い人は、「競技大会などでのエンターテインメント」を提供する。
それには人が苦労してこなかった、見えない部分の苦労が当然ある。
それなしで、「私はオンリーワンだ」と思うことこそが、傲慢だ。
一生懸命やった、本人はそれで満足した。
究極のところでは、ナンバーなんてもの自体が存在しなくなる。その意味で、オンリーワンなのだ。
まずは、ナンバーワンになろうと思うところを探し、成れようと成れまいと努力をする。
そのことこそが、オンリーワンと称えられるべきなのだ。
”為せばなる 為さねばならぬ 何事も 為さぬは人の 為さぬなりけり”
コメント
すかさず返信。
シャープがやってる「オンリーワン戦略」とかも、「自社の強み」を使って、「他に真似のできない商品」を作るってことだしね~。
「自分の強み」すら作ってない人が、「オンリーワン」っていっても、全然説得力ないし。オンリーワンっていうのは、「強み」を作ってからにしろと。
Posted by: エンブレムドランカー | 2004年06月07日 14:51