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2004年04月14日

●今日気づいたこと。

言葉を現実に合わせる人が信じられる人だ。

現実を言葉に合わせる人が頼りになる人だ。


おれはどっちになろう。

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写真集も新装開店。
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コメント

俺は何となく前者かなぁ。有言実行ってかっこいいし憧れるなぁ。。。

私は後の方かな。ず~っと考えてたら頭痛くなって、あんまよくわからなくなってきたけど(笑)

「合わせる」っつう一言が、いろんな意味に見えちゃうし、その意味をどの意味で感じ取ればいいのか、その選択を難しく考えちゃうからかもしれないけど。

「現実を言葉に合わせる人が頼りになる」

現実を言葉に合わせられる人って、ものごとをすごく深く考えて、そのことを理解したうえで、言葉を使える人だと思う。だから、頼りにもなると思う。

自分たちにはほかの動物たちにない、複雑な「言語の発達」がある。(←これはあくまでも人間を特殊化した時の言い方ね。ほかの動物たちにしてみれば、うちらだって言葉あるよって感じだろうし。)

結構前に、何でうちらって言葉が必要なんだろうってすごく不思議に思ってた時期があった。

所詮、本当の自分を分かり合えるのは、もう一人の自分だけ。
相手に自分の考え、気持ちを伝えても、本当にそのすべて100%を解りあうなんて不可能。

言葉が存在する理由の一つは、「相手に伝えたい!」っていう欲求から発展していったものだと思う。

分かり合えっこないんだから、言葉なんて必要ないじゃん。


自分の目の前に、体の不自由な人がいる。
彼女は以前不自由などなかった。
ある日突然不自由になり、今の自分が信じられず、歯痒く、苦しい。

ある日彼女は私に言った。

「死にたい。」

私は彼女を励まし続けた。

「今、あなたがここに存在してくれてるだけで、私たちは幸せなんだよ」

ある日彼女はまた私に言った。

「死にたい。」

結局何も変わらなかった。

彼女の本当の痛みも理解しようとした。
でもそれは結局、「理解した気」になってるだけで、本当のその人の「苦」は理解できない。

言葉が持ちうる力の限度をはじめて感じた。そして、「言葉」を本当の意味で使う難しさも知った。

今の自分はまだ「言葉に使われてる」

最初に言ったけど、現実を言葉に合わせる人は、「言葉を使える人」だと思う。
現実を言葉に合わせるとか、言葉に使われてる人は絶対に出来ないことだと思うし。言葉の限界を一度は感じた人だろうし。言葉を超えたものを承知している人だと思うから。信頼できる。っていうかしちゃうかもっての話ね。

何かよくわからなくてごめん。
自分でも上手く言えなくて。
自分の考えけいしに伝えたかったから書いてみた。
まだ文章の修行中。
頑張る。
またいろいろ教えてね。

>

>もゆる

現実を言葉にあわせる派でっか☆言葉に使われているっていう考え方はおもしろいね。
こうやって毎日書いてたら思うけど、なかなか自分の言いたいことをうまく伝えられないし、
そして伝えられる形にさえ出来ないことにいらだちを感じるなぁ。

それがおもろいからやってるわけなんやけど、
もっともっとうまく伝えられるようになればいいなぁと思うわけです。

今回はうまく伝わったよ♪もゆるの言いたいこと。

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