●全ての留学生へ -旅立つということ-

「残された身・あるいは人はなぜお土産を買うか」を読んで
コラム形式のこの文章は、筆者の豊富な留学・海外経験のお話なんだけど、この回はなぜお土産を買うかってお話で。
お土産を考えてるわけじゃなくて、お土産は「残された者に対する楽しかった経験のお裾分け」じゃないか、っていう視点で考えているんです。
彼曰く、誰かが海外に旅行したり勉強するときは、3種類の人が発生する、と。
A.残される人
B.旅立つ人
C.旅先で会う人
へー、それでそれで…?
(続き読みたい方は、>>See all textをおしてね)
彼曰く、
「『旅行』ってものにはね、3種類の登場人物が存在すると思うんですよ。
A.残される人
B.旅立つ人
C.旅先で会う人
この3種類ですね。これを順番的に逆から説明するとですね、Cはね人によって違うと思うんだけど、友人が海外にいる場合なんかはその人になるし、旅先で全く偶然に知り合うなんて場合もあるだろうしね。どちらにしろCの立場の人にしてみたらね、この旅はすごく『ボーナス』な訳ですよ。海外で寂しく過ごしてる所に日本の友人が遊びに来るっていうのはね、全然ボーナスでね、元々なかった所に単純に『訪問者』って要素が加わる訳ですからね。すごく楽しい事ですよ。
そしてBの人はですね、Aを置いてきた代わりにCを手に入れる訳ですから、少なくとも寂しくはない訳ですよ。つまりB(=旅立つ人)にとっての寂しさというのを考えると、単純な引き算な訳ですよ、C-Aがどの位か?って事ですよね。残してきた要素よりも新しく得る要素が大きければ寂しくはないんですよ。
その場合ね、どんな場所だろうとね、旅っていうのはやっぱりそれなりに新しい発見やら刺激っていうのがある訳だからね、そう考えるとC-Aがマイナスになるって事はまずないんですよ、大抵はプラスなんですよ。だからBにとってもこの旅は絶対プラスでね、つまり寂しくはないんですよね、大抵の場合はね。
そして最後にAの人ですけどね。この人はもう完璧にマイナスしかないでしょ。単純に今までの生活の中からBが居なくなるだけで、なんにも良い事なんてないんだから、そりゃー寂しくなるでしょ。だからね旅の被害者は明らかにこのAさんなんですよね。」
そして彼はこう続けるのです。
「たぶんAさんの寂しさがあって、Bさんの冒険があって、Cさんの喜びがあって、それで旅っていうひとつの物語が完結するんだろうなと。だからね、A(残して行く人)が居ないとか、C(旅先で会う人)が居ない旅とかってね、きっと全然面白くないんだろうなと。ただ知らない街に行って楽しかったー!!なんて旅はね、きっと味気ないと思うんですよ。そう考えると日本で待ってくれてる人達っていうのも、ある意味旅の一員なんだなって思いますね。」
自分も含め、留学生はきっとこういう事になっているし、なってきたんだと思う。留学する前にはする前に友達がいて、彼らと毎日メールしたり学校であったり、飲み会したりしてきた。こっちに来る前には、いろんな人がいろんな形でエールを送ってくれたわけです。
「がんばってこいよ!」
「お前ならできるよ!」
「たまには連絡してこい!」
とかね。
友達にもましてや、恋人たちにとっては身も割かれる想いでしょう。
留学するものは置いていくという罪悪感と、留学される方はおいていかれるという被害者意識の中で。
二人の淋しさを補えるのは置いていく方の優しさと、置いて行かれる方の強がりです。
「向こうに行っても、俺のことは気にしないで頑張ってこい」
「俺は俺でこっちで頑張るから」
「エンキョリでも大丈夫!心が繋がってれば…♪」
強がりの言葉の中に、何か一抹の淋しさのようなものも混じった声援は、留学するものにとって友達の声援よりも素直に受け取ることができず、最後の最後まで後ろ髪引かれる思いで。
留学される方にとっても、自分の本当の気持ちを必死に隠しつつ、相手の成功を祈るばかりなのです。そんななかで、旅立っていくのです。
最後の彼の言葉は、こう続きます。
「だから旅先には『お土産』って要素が必ず付いて来るのかなって思いますね。 だって、ただどっかに行くだけだったら『お土産』なんて本当は必要ない訳でね、待ってる人がいるからこそ『お土産』がある訳でしょ、『お土産』っていう文化が旅の中に確実にあるっていうのは、それはつまり『旅』っていうものに確実に「残される身」って存在が入ってるって事だと思うんですよ。 もし僕がどっかの国に移住するとしたら、当然そこで『お土産』なんか買わない訳ですよ。あくまで旅の場合は、日本に何かを残してて、そしてまた帰るからこそ『お土産』を買ってくる訳ですよね。そうやって考えるとね、僕も旅をする以上「残される身」の気持ちっていうのをちゃんと理解してないと駄目だなって。
どこかへ行くって事だけが旅ではないのだなと、そう思う最近の旅人なのであります。」
じゃあお土産ってなんですか?
形のある、そこでしか取れないようなものがお土産でしょうか?
おいらはそうじゃないと思います。お土産ってのは、「自分がしてきた経験のシェア」じゃないのかと。
誰かが日本であなたのことを待っていてくれて、その時寂しくさせた気分をこんな楽しい経験してきたよ、って淋しさを埋めて一緒にハッピーになるための気持ちのことをお土産っていうんじゃないかなーと思うのです。
それは必ずしもあげるっていう形にしなくても、写真を見せながら話をすることや、はたまた海外でやっちゃったかっこわるい話を二人で笑ったりすることや、そういうことで良いと思うんです。
だから、おいらは残り少なくなった留学生活の中で、いっぱい「お土産」見つけて帰ろうと思います。
待ってくれてる人全員のために。
帰ってきて「おかえり」と笑顔で迎えてくれる人のために。
例え待ちきれなかったとしても、ありがとうと、帰ったらちゃんとお土産渡しに行こう。
computer-
残された身・あるいは人はなぜお土産を買うか
http://www.geniusatwork.jp/html/talkshow/060_talk.html
Personal Reflection:
うちのおかんはいつも、俺に何か幸せなことがあるとこういってました。
「あんたは幸せでも他人は幸せやないかもしれん。ほたえとらんと、しっかりしぃや。」
以来、「あんたは嬉しくても素直に喜ばへんなぁ」と友達にいわれながらも、こういう考えでやってきました。誰かが幸せなとき、誰かは不幸せかも知れない。このことを考えておくと、きっと人生っていう、幸せと不幸せで振り子みたいになってるもんが見えてくる気がします。
コメント
KCさん、なんて女泣かせなBlogなの・・・涙
留学に来て、待っていてくれる人達に、あふれんばかりの感謝の念をもちました。私は何よりも私の「周り」のチカラに励まされながらここまでやってこれたんだなって、ホントにそう思います。
そして、旅先で出会った人達にも支えられました。
私も、kcみたく、たっくさんの「ありがとうのおみやげ」を見つけたいなぁって、素直に思えました。
それに改めて気づかせてくれたkcにも、ありがとう☆
Posted by: みほ | 2004年03月25日 16:16
K氏さんのこういう記事を読んだあとに自分のブログ見ると、アホ丸出しなのがほんと手に取るようにわかるね。まあ、自分のキャラ的にカッチョイイことは書けないため、今後もネタ一筋で行くので夜路死苦。
本題からずれましたが、残りの留学生活、しっかり頑張りんしゃいね。私はまだあと一年とかありやがるけど。やっぱり一年留学とかが一番充実しててイイと思うよ。2年目以降はダラケまくり・・・。
てなわけで、日本で待ち構えてるみんなにいい土産を持ち帰ったって下さい。
小ネタ:
「お土産」 読み方→「おとっつぁん」
Posted by: あき | 2004年03月25日 20:11
kさん、いつも書き込みありがとうございます!
お土産の話ですが、僕も同感です。
お土産話って言葉があるように、その人の経験をシェアすることで、友達や他人から評価されるってのもありますし。お金では買えないものですね。
チョコレートから話を広げられる人がどれくらいいるやら・・・
Posted by: M@sa | 2004年03月26日 02:55
すごい。そうだなぁ。お土産。。
なんか、好きな人たちから貰うのは
物じゃなくて思い出の共有の方が嬉しい気もする。あ、もちろん物も大好きですが。。。笑
Posted by: saki | 2004年03月26日 10:12
さきに同感!
Posted by: mika | 2004年03月26日 11:33
>誰かが幸せなとき、誰かは不幸せかも知れない。
ほんまそうなんかもしれないね。何をするにせよ、いろんな立場の人が存在するわけで。そうだからこそ、世界中には幸せな人、不幸せな人が存在してくる。みんなが幸せになるんが一番いいんだろうけど、それはやっぱ難しいよね。
ひっきーが歌ってるやん。
『誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ
みんなの願いは同時には叶わない』
そうやって出来てるんかな、この世界って。
Posted by: みさこ | 2004年04月29日 10:18
あの考え方のベースみたいなんで、古い格言で
「世界の幸福の総量は一定である」
ってのがあるねんて。
つまり、誰かが幸福になったらその幸福の量は誰か
ほかのヒトから奪われるってこと。
そうなんかな、って考えてしまう日もあるわな。
Posted by: k | 2004年04月29日 11:09
どの立場に立つか、どの視点で見るか、どんな基準で幸せだと思うかによって幸せの量って違ってくると思うけど、自分の中でさえ、幸せって思う時とそうじゃない時があるんだから、
なんか、その格言はわかるような気がするなぁ。
もしそうなら、幸せな時には“あたしは他の人の分まで幸せをもらってるんだ”って感謝の気持ちを忘れずにいたいかも。
Posted by: みさこ | 2004年04月30日 02:04