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2004年03月03日

●海外→見る→日本(映画編)

外から見れば見えることもある、ってことで外から見た日本の図をちょっと描いてみ
たいと思うわけですが、手始めの第1弾はやはり映画でしょうか。まずは、こんな
Hollywoodからみた日本のイメージを捉え続けているサイトがありますので、参照し
てください。

(アドレス消えて捜索中、笑)

Hollywoodという世界中で消費されているエンターテイメント:映画は「外国人が見
た日本
」というのを鮮明に描き出しています。時代ごとに変わっていく日本像は、そ
の時々の日本の知名度と比例してるなぁと感じるわけです。

まず初期の時期、日本は「東洋の神秘」でした。マルコ・ポーロに見られる「金で出
来た国」というオリエンタル=神秘意識は日本にも例外なく見られたわけです。高度
成長期を経て、日本家屋から畳が消えていく時代にも007では畳がみられたわけです
ね。

時代が進んでいくにつれて、日本のイメージは進歩してきました。しかし、日本がア
メリカ文化をもろに受けていることを考えても、逆はナカナカ受け入れられづらい、
という文化の輸入・輸出の問題が見え隠れしているのが映画を見るとわかります。
(例えば、私たちはアメリカ人が「Go West!」って未だに言ってると思います?笑)

これを示すような例が、刀、ちょんまげ、袴という日本人のイメージは現代でも生き
続けている、ということです。Kill Billでは、911のテロ以後はさみさえ飛行機内に
運べないというのに、刀ホルダーがついていることや、日本といえば忍者!といった
イメージはやはり今でも健在なのです。Last Samuraiが好評を博したこともやはり日
本のイメージとサムライのイメージがぴったりとあったんだ、ということがヒットの
原因のような気がします。

ずっと現代になっても信じられているイメージがある横で、もっとオースティンパ
ワーズデラックスに出てくるような日本の「コギャル」像みたいな、一部分が強調さ
れたようなも文化もまた見られているようです。これは映画以外の部分でも観察する
ことが出来るので、また次回取り上げたいと思います。

こうやって映画を見ていて思うのは、違うと言うことが印象に残るのだなぁ、と改め
て感じさせられることなのです。帯刀が禁止された明治以降、日本は昭和・平成と大
成長を遂げてきたわけですが、その印象もさることながらやはり現状を反映していな
い文化が彼らの印象に残っているわけです。話が突飛でしょうが、日本が残していく
べきモノ、守っていくべきモノは意外と彼らの方が知っているのかもしれません。

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追記:

広島の原爆が映画化のエントリーで、少し触れたけれど最近の日本ブームは少し政治
的なプロパガンダの気もするんだよねぇ。これはあんまり根拠があげられないんだけ
れども、日本という異質な文化を彼らなりの解釈をすることによって再定義し、彼ら
のNational Identityとある程度沿うようにして誰が見ても悲劇的な事実の色を薄く
する…というか…
キルビルをみたときも、ラストサムライを見たときもエンターテイメントとしておも
しろいのはおもしろく、彼らが日本をどう解釈してるんだろ、ってのが見れておもし
ろかったんですが、日本人の心意気としてもう少し日本をちゃんと描写している映画
が売れてもいいんじゃないかなぁと。
その視点から考えると、あることを正確に描写している映画なんて存在しないから、
エンターテイメントとしての映画に求めるのは間違ってるのかもね…。そんなことは
ドキュメンタリーでやれ、っつー話かもしれません。

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