●マクロとミクロ
マクロとミクロー、英語で言うとMacro、Micro。日本語でちゃんというと巨視的と微視的☆
もともとは何から来た用語かはしらんけど、このことをなんか最近余計に意識することが多い。
特に新しい環境にきたときにーそれをおもうんだけどね。
MTLに最初についたとき、ものすごい異国の地に見えて、もんすごい素敵に見えたと。緑が生い茂ってて(夏だしね)、そこで外国風の街並みがあって、今からそんな街に住むかと思うとTAXIで動きながらすっごいどきどきした。後でまた来ることもあるだろーとおもって、色々見て懸命に覚えようとしてた。
こんとき、すっごいマクロ的なしてんでものをみてたなぁーって。なんつーんだろ、鳥が上からモノを見てるっていうか、慣れないからそういう風に見えるんだろうけど。
だんだん慣れてくると、ミクロなところにしか目がいかなくなって、慣れてしまったからか風景も普通のモノに見えてくる。ちょっとした違いがあってもべつにふつーだし、街中を歩いていてもなんともおもわんっていったら違うけど、なんかなんでもないような感じになる。
曖昧にしか言えないんだけど、不思議な感覚です。
写真が好きな理由もけっこうこういうところにあると思うねんなー。なんつか、
写真=日常を切り離す、ってのがおもしろい。
たぶん文章で伝えてもわかりにくいとおもうんやけど、例えば自分の家にあるモノでもんすごい日常意識してないモノが、他の友達の家にあるときにすっごい不思議な感覚がするのよね。おんなじものやのに、すごい違って見えてそれが頭の中で、ぐるぐるぐるって回る。(曖昧な文章スマヌ)
身の回りで気づいてないもの、よくあるんじゃねぇかなぁ。それをもう一度見直すことって大事やな、っておもいます。
「持ってないモノばっかり欲しいってあなたはいうけれど、じゃああなたが持っているモノはいつ愛してあげるの?」