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2004年02月27日

●disparate friendsと留学

Blogに関した記事のところで、disparate audiencesというコトバを見つけたので、それが
留学にも繋がるところがあるんじゃないかと思ったので、今回はDisparateをキーワードにして
話してみたいと思う。

Disparate、つまり様々な集団・もしくは個人が集まっている状況は留学の醍醐味である。
そういう文化的・教育的・生活的多様性を感じるために海外にお金を払っていくわけだ。
それが言うなれば学業方面以外の留学生のメインといっても良い。
色々なところに旅行するのも、友達と話をしてみたりするのもDisparationを経験するためで
ある。

ただ、このDisparateが余りに度を過ぎると、もしくは本人が度を過ぎたと感じると苦痛なモノに
なることは必至だ。日本人ならばあうんの呼吸で通じていたモノが、なかなか議論をしないと
伝わらなくなったり、そういう暗黙の○○は通じなくなる。そこがほとほと疲れさせられる時も
あるんじゃないだろうか。

(続きはクリック)

例えば、よく感じるのは何か許可をしたときに、それをどの度合いまでするか、の違い。
Aが私に「○○を少し食べて良い?」ってきいたら、日本人なら本当に少しだけもらって、
あとはそんなにとらず、欲しいと思っていそうな雰囲気を提供者が感じ取って、
「もう少しどうです?」っていうのが習慣だと思うのよね。

外国では、遠慮無く食べる人が結構いる。裏に何かあるのかもしれないと言うことは、
余り疑わないのかそれとも疑うことを知らないだけなのか、
「怒ってる?」
「怒ってない。」
といえば、顔色がどうだろうと怒ってないと思う傾向にある気がする。具体的な言い方過ぎる
から、もう少し抽象的にすれば、「本当の自分の意見を述べない方が悪い」と考えている節があるということだ。

だから、「ここで断るのは…!」って思って気を遣っていく日本人と、
「行きたくないんだから行きたくない」って考える人は結構差があるなぁと思うわけです。

信条・主義の差なのかどうかは不明だけれども…。なんとなく気づいたんでMemo程度に。

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ちなみに、そうやって細かな心遣いが出来る日本人は意外と高評価です、笑
「あのハイテク産業もそういうところから来るのかもなぁ」とは友人談。

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写真集も新装開店。
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コメント

こっちでは、ホンマに言ったもん勝ちやね。それ以上は突っ込まないって感じで。「私が払いますって」「あ、そうですか」ってな具合で。そう言うのがすっきりしてて良い時もあるし、逆にぶっきらぼうに感じる時もあるしね。その辺の細かな違いって、上手く説明できんもんな~。ようは慣れか。?

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